Translate

2014年4月3日木曜日

脱腸の再発症

 中学校のある日、学校でいつもの様に過ごしていて股間に少し異常を感じた。 その頃は、気にはなっていたが、脱腸帯は身に着けていなかった。

 下校し、母親に股間の異常を話した。 母親は心配が現実になったかと、とても驚きズボンと下着を脱がせ確認した。 幼い時ほど酷くはないが、どう見ても脱腸症状と思えた。 それまで使用していた脱腸帯は身体には合わず、以前世話になった医者に診察して貰った。 小学校高学年まで定期的に診察に通っていたが、6年生になってからは、大丈夫との診断もあり、検診には行っていないし、脱腸帯も外していた。

 久し振りに訪れた私を先生は覚えており、再発した様だということで、慌てての診察となった。 便秘症状は相変らず続いていたため、排便の様子が細かく聞かれた。 自然排便の程度、浣腸の頻度、便の様子、排便時の気張り方など。。。。

 脱腸部分は、お尻の穴から内診することはできない。 脱腸を発症している部分の外からの触診である。 昔ほどではないが、僅かに腸が迫り出していた。 久し振りに浣腸と高圧浣腸の治療を受け、排泄できる全てのウンチを、前と同じ様に先生と看護婦さんに見られながら排泄した。 母親の浣腸では、おちんちんが大きくなったが、ここでは浣腸されても勃起しなかった。

 脱腸帯は、その頃にはかなり進化していて、いちいち採寸して特注する必要はなく、サイズ調整できるサポーターの様になっており、その医院で買い求めることが出来た。 医院で身体に合う様に調整してもらい、その日から暫らく日常装着することになった。 母親は再発をとても気にし、私の状態を毎日確認した。 ある程度、恥毛も生え始めたおちんちんを平気で触り、状態を確かめた。

 そして暫らくの間は、排便時に気張らない様に浣腸することになった。 母親は、私にガラス浣腸器で浣腸してくれた。 そんな時、おちんちんは気をつけていたが、勃起することもあった。 「だめよ。」と言って、おちんちんを指ではじいた。 内心は母に射精させられたい気持ちがあった。

0 件のコメント:

コメントを投稿