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2014年4月3日木曜日

脱腸帯と浣腸の小学校生活

 従妹の浣腸を見たことや、小学校の女友達に好奇心で浣腸したこと、それに、従妹や女友達の性器に触れたことは私に取って、母親に「される浣腸」から、「する浣腸」に気持ちの変化があった。

 また、女の子の性器を触った感触は、自身の性器への自覚を促した。 とは言え、自分のおちんちんが勃起することはないが、自分のおちんちんを弄る様になった。

 あるとき、自分に使われたイチジク浣腸をゴミ箱から拾い出し、十分洗って隠し持った。 寝る時、隠し持った使用済みイチジク浣腸に水を入れ、寝床の中でお尻の穴に差し込むことを楽しんだ。 お尻の穴に挿入したイチジク浣腸を脱腸帯の股下ベルトで固定し、お尻に浣腸を挿入したまま、おちんちんを弄くることもあった。

 性器と自分自身に対する浣腸を同時に意識し、行為をし始めた時期だった。 私の様に脱腸によるコンプレックスを抱くことなく性器に興味を持った人はどんな風に、自分の性器を認識したのかは判らないが、脱腸帯を着けた私の場合、下半身に対する意識は他の人とは異なっていたのかも知れない。

 また家庭医学書などの、浣腸の仕方、排便のさせ方、尿の摂り方、女性性器の洗浄、男性性器の洗浄などの項目を読んで異常な興味を持った。 しかし、自らのおちんちんが勃起する様なことはなく、寝床にはいると手がおちんちんを触っている状態だった。


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 小学校の間、脱腸帯や浣腸から開放されることはなかった。 6年生ぐらいになると、脱腸帯は昼間だけになり、寝る時には着けていなかった。 身体を横にしている時は脱腸になりにくいからだ。 脱腸帯から開放されても、何故か寝る時は下着はつけない習慣になり、寝床の中では、手がおちんちんを触っていることも多かった。

 小学校6年になると、母親のお使いの様な振りをして、浣腸を買い求めたこともあり、買った浣腸を自分でして楽しんだ。 完全に浣腸から離れられない嗜好に陥っていたのではないかと、今思う。

 お尻の穴に快感を感じることは、既に無意識に認識していた。 一番好きだったのは、浣腸することよりも、入浴後、寝る時にお尻の穴にメンソレータムを塗り、その刺激を楽しむことだった。 脱腸帯や浣腸によるコンプレックスは、自らのお尻の穴を触ったり、おちんちんを触ることへ発展した。

 そんなことをしていても、虚弱な体質で、風邪をひいて熱を出すことが多かった。

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